• TOP
  • 動画・ラジオ
  • 能楽漫画『シテの花』が描く日本の伝統芸能の世界|週刊少年サンデーの本格能楽ストーリー

2025.12.30

能楽漫画『シテの花』が描く日本の伝統芸能の世界|週刊少年サンデーの本格能楽ストーリー

12月に入り、本格的な冬の寒さが訪れましたね。この寒い季節こそ、温かい部屋で本を読むのにぴったりの時期です。今回の「エンジョイブックス」では、文正堂書店店長の平野さんに、芸術の秋にふさわしい一冊をご紹介いただきました。

芸術の秋の由来とは?

本題に入る前に、少し「芸術の秋」という言葉について触れておきましょう。

平野さんによると、芸術の秋という言葉が定着した背景には、いくつかの理由があるそうです。まず、秋は暑すぎず寒すぎず、芸術作品の鑑賞や制作に向いている過ごしやすい季節であること。そして、日本には11月3日の文化の日があり、この時期を中心に多くの芸術祭や展覧会が開催されることも大きな要因です。

さらに興味深いのは、1918年(大正7年)に発行された雑誌「新潮」で「美術の秋」という言葉が使われたことが、この言葉が広まるきっかけになったとされている点です。100年以上も前から、日本人は秋を芸術の季節として特別視してきたのですね。

確かに、春は新しいことが始まる季節、夏は暑さが厳しく、冬は年末年始で慌ただしい。その点、秋は一年を振り返り、心にゆとりを持って芸術に触れるのにちょうど良い時期なのかもしれません。

今回ご紹介する本:『シテの花 -能楽師・葉賀琥太朗の咲き方-』

そんな芸術の秋にぴったりの一冊として、平野さんが選んでくださったのは、小学館の週刊少年サンデーで連載されている能楽漫画『シテの花 -能楽師・葉賀琥太朗の咲き方-』です。

作品情報

  • 著者:壱原ちぐさ(漫画)
  • 出版社:小学館
  • 掲載誌:週刊少年サンデー→サンデーうぇぶり
  • レーベル:少年サンデーコミックス
  • 監修:宝生流二十代宗家 宝生和英

「少年サンデーで能楽?」と意外に思われる方もいらっしゃるかもしれません。実際、私も最初にこの作品を聞いた時は驚きました。少年サンデーといえば、スポーツやミステリー、ラブコメディなどのイメージが強いですが、こうした文化系の作品も扱っているんですね。

2024年は伝統芸能ブームの年

今年2024年は、歌舞伎の世界を描いた吉田秋生さんの小説『櫂』が大きな社会現象を起こしました。『シテの花』は歌舞伎ではなく「能」の世界を舞台にした作品ですが、日本の古典芸能に光を当てるという点で共通しています。

能を漫画にするという挑戦は、非常に難しいものだと思います。なぜなら、能には言葉では表現しきれない要素が多く含まれているからです。しかし、漫画という視覚メディアだからこそ、その世界観を伝えやすいという利点もあります。平野さんも実際に読んでみて、その魅力に引き込まれたそうです。

物語のあらすじ:顔に傷を負ったダンサーが能の世界へ

『シテの花』の主人公は、葉賀琥太朗という青年です。彼はダンサーとしては一流の腕を持っていますが、踊り以外のことは全て不器用という人物。ダンスボーカルグループの一員として華々しくデビューを果たすものの、不慮の事故で顔に大きな怪我を負ってしまい、芸能界から身を引くという悲劇に見舞われます。

そんな彼の人生が大きく変わるきっかけとなったのが、亡くなった祖母が残した能のチケットでした。祖母は能が大好きで、遺品の中に今後の能の舞台のチケットが入っていたのです。琥太朗は祖母のために、その舞台を観に行くことにしました。

そこで彼が目にしたのは、能面で顔を隠し、たった一人で舞台に立つ「シテ」(能の世界での主役)の姿でした。

「顔を隠しても、自分を演じることで人々に喜んでもらえるのではないか」

琥太朗の心に、そんな希望が芽生えた瞬間でした。顔に傷を負い、表舞台から姿を消さざるを得なくなった彼にとって、能面を着けて演じる能の世界は、新たな可能性を秘めた場所だったのです。

こうして琥太朗は能の世界に飛び込み、能楽師を目指す道を歩み始めます。果たして彼は、能の世界で自分の花を咲かせることができるのか。そして、舞台に関わる人々の生きざまとは――。

能楽とは?基礎知識を知ろう

この作品を楽しむために、能楽について少し基礎知識を持っておくと、より深く作品世界に入り込めます。

能の基本構造

能は日本の伝統的な舞台芸術の一つで、専用の能舞台で上演される歌舞劇です。最大の特徴は、能面を用いて行われることと、「シテ」と呼ばれる主役を中心とした徹底した「シテ中心主義」にあります。

能の舞台は、基本的に一人の舞台と言っても過言ではありません。美しい衣装や面をつけた「シテ」が観客を引きつけ、他の役はそのシテを引き立てる存在として機能します。

能の役割分担

能の舞台には、以下のような役割があります:

  • シテ(主役):物語の中心人物。能面を着けて演じる
  • ワキ(脇役):シテを引き立てる役割
  • 囃子方(はやしかた):笛や太鼓などを演奏する音楽担当

観客の目から見えない場所、例えば楽屋や鏡の間、幕際といった場所でのお作法や働き方も、能楽の世界では非常に重要です。『シテの花』では、こうした部分まで忠実に再現されているそうです。

宝生流の監修による本格的な能楽漫画

『シテの花』の大きな特徴は、宝生流二十代宗家である宝生和英さんが監修を務めている点です。宝生流は能楽五流の一つで、600年以上の歴史を持つ名門です。

日本の能楽師である澤田浩司さんは、ご自身のウェブサイトで『シテの花』の感想を述べられており、「能楽堂における楽屋や鏡の間、幕際といったお客様から見えない場所での能楽のお作法や働き方が忠実に再現されている本格的な能楽漫画だ」と高く評価されています。

つまり、この作品は単なるフィクションではなく、実際の能楽師の方々の想いや苦労、そして能の世界の真実が詰め込まれた、リアルで本格的な作品なのです。

能面の表現力を漫画で描く

宝生和英さんは、作者の壱原ちぐささんとの対談で、こう語っています。

「能面が持っているメッセージや、角度が少し変わるだけで表情が違って見える性質なども汲み取って描かれているのがこの作品だと思う」

能面は一見無表情に見えますが、照明の当たり方や角度、演者の動きによって、喜怒哀楽を表現することができます。この微妙な変化を文章で説明してもなかなか伝わりにくいものですが、漫画という視覚メディアであれば、その凄まじさを目で見て実感することができます。

「目つきが変わった」「表情が変化した」といった瞬間を絵で見ることで、「ああ、能ってこういうものなんだ。楽しそう。面白そう。見てみたい」と思えるのが、漫画の持つ大きな力だと平野さんもおっしゃっていました。

若き才能と成長の物語:2巻の見どころ

2巻の表紙には、幼い頃から能楽を学んできた若倉完という少年が登場します。彼は琥太朗とは全く異なるバックグラウンドを持つ、いわば「能楽のサラブレッド」です。

琥太朗と若倉、二人の立場は全く異なりますが、それぞれが能の世界で秘めた可能性を持っています。彼らの関係性や成長の過程は、読者自身の成長とも重なり合うでしょう。

この作品を読むことで、能について学びながら、主人公たちの成長を見守り、そして自分自身も何かを学び取ることができる。それが『シテの花』の魅力です。

現代の漫画は「学びのツール」でもある

私自身、この対談を通じて改めて感じたのは、現代の漫画が持つ教育的価値の高さです。

昔は「漫画ばかり読んでいないで勉強しなさい」と親に叱られることがよくありました。しかし今の時代、漫画は単なる娯楽ではなく、深い知識や文化を伝える立派なメディアとなっています。

漫画がきっかけで興味を持つ

私自身、興味のなかった分野について漫画を通じて知り、実際にその世界に触れてみたくなったという経験があります。例えば、囲碁を題材にした『ヒカルの碁』を読んで、囲碁のルールや戦略に興味を持ちました。「戦国武将が戦の前に碁を打っていた理由」なども、この漫画を読んで初めて理解できたのです。

平野さんのお子さんも、サッカーをやっていたそうですが、最近は大谷翔平選手の活躍を見て野球に興味を持ち始めたとか。ただ、野球のルールがいまいち分からない。そんな時、サンデーに連載されていた野球漫画『MAJOR(メジャー)』を読んだところ、「すごく面白い!俺も野球やろうかな」と言い出したそうです。

これこそが、漫画が持つ「きっかけを作る力」なのだと思います。

子どもから大人まで楽しめる

『シテの花』は週刊少年サンデーに掲載されている作品ですが、決して子ども向けだけの内容ではありません。小さな子どもから、立派な大人、そしてシニア世代まで、幅広い年齢層が楽しめる作品です。

能について既に知識がある方が読めば、「この描写は実にリアルだ」と感心するでしょうし、能について全く知らない方が読めば、「能ってこんなに面白い世界なんだ」と新しい発見があるはずです。

どんな人におすすめ?

平野さんに「どういう人にこの本をおすすめしたいですか?」と尋ねたところ、こんな答えが返ってきました。

「サンデーさんが出していらっしゃるということもあるので、小さい子から、立派な大人、それこそ老年の方まで。自分らも読んでもいいよねっていう感じですね」

特におすすめしたいのは、以下のような方々です:

1. 日本の伝統芸能に興味がある方

能や歌舞伎といった伝統芸能に興味はあるけれど、なかなか実際に観に行く機会がない、という方にぴったりです。漫画を通じて能の世界に触れることで、実際の公演にも足を運びたくなるかもしれません。

2. 少年漫画が好きな方

スポーツ漫画のような熱さと、文化系の繊細さが融合した『シテの花』は、少年漫画ファンにとって新鮮な読書体験となるでしょう。

3. 芸術や表現活動に関わる方

ダンス、演劇、音楽など、何らかの表現活動をしている方にとって、主人公・琥太朗の「顔を隠しても自分を表現できるか」という葛藤は、きっと共感できる部分があるはずです。

4. 親子で一緒に読みたい方

お子さんに日本の文化を知ってもらいたいと考えている親御さんにも最適です。漫画という親しみやすい形式なので、子どもも抵抗なく読み始められるでしょう。

まとめ:能楽の世界へようこそ

『シテの花 -能楽師・葉賀琥太朗の咲き方-』は、ただの能楽入門書ではありません。顔に傷を負い、表舞台から去らざるを得なくなった一人のダンサーが、新たな表現の場を見つけ、成長していく物語です。

能面の奥に隠された表情の豊かさ、舞台裏での厳しい修行、そして「シテ」として舞台に立つことの重み。これらすべてが、壱原ちぐささんの繊細な筆致と、宝生流の監修による正確な描写によって、読者の心に深く響きます。

冬の寒い日、温かい部屋で一冊の漫画を手に取る。そこから始まる能楽の世界への旅は、きっとあなたの心に新しい花を咲かせてくれることでしょう。

ぜひ、書店や図書館で『シテの花』を手に取ってみてください。そして、日本が誇る伝統芸能「能」の奥深さを、漫画を通じて体験してみてはいかがでしょうか。


書店情報:文正堂書店

今回ご紹介した『シテの花 -能楽師・葉賀琥太朗の咲き方-』は、一宮市の文正堂書店でお買い求めいただけます。

文正堂書店

  • 所在地:〒491-0043 愛知県一宮市真清田1丁目1-4
  • 電話番号:0586-72-2605
  • 営業時間:20:00まで営業
  • アクセス:真清田神社の近く、一宮市中心部に位置しています

文正堂書店は地域に根ざした書店として、店長の平野さんをはじめスタッフの皆さんが、お客様一人ひとりに合った本をご提案してくださいます。『シテの花』以外にも、さまざまなジャンルの本を取り揃えておりますので、ぜひ足を運んでみてください。

また、サンデーうぇぶりでも『シテの花』の連載が読めますので、まずはスマートフォンで試し読みしてみるのもおすすめです。気に入ったら、ぜひ文正堂書店でコミックスをお買い求めください。実際に手に取って読む本の質感は、デジタルとはまた違った魅力があります。

それでは、今週も皆様が健康で、素敵な読書時間を過ごせますように。また次回の「エンジョイブックス」でお会いしましょう。