【2026年本屋大賞2位】佐藤正午『熟柿』を紹介|読み終えたあと、静かに放心する一冊【エンジョイブックス】
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2026年本屋大賞2位/第20回中央公論文芸賞
【2026年本屋大賞2位】佐藤正午『熟柿』を紹介|読み終えたあと、静かに放心する一冊【エンジョイブックス】
『熟柿(じゅくし)』は、直木賞作家・佐藤正午さんが9年をかけて書き上げ、2026年本屋大賞2位に輝いた長編小説です(KADOKAWA刊)。エンジョイブックスでは、文正堂書店の平野さんとサルーテの山本が、この一冊の魅力を語り合いました。轢き逃げの罪を背負った母親が息子を思い続ける17年の物語と、「熟柿」という言葉に込められた意味を紹介します。
エンジョイブックス、始まりました。サルーテの山本さんと、文正堂書店の平野さんがお届けする、おすすめの本を紹介するコーナーです。前回は芥川賞の作品を取り上げましたが、今回は本屋大賞から一冊を選びました。

『熟柿』とは?佐藤正午が9年をかけた本屋大賞2位の長編小説
『熟柿』とは、佐藤正午さんによる長編小説です。2026年本屋大賞で2位に選ばれ、第20回中央公論文芸賞も受賞しています。KADOKAWAから刊行されました。
今回この本を選んだのは、実はサルーテの山本さんです。佐藤正午さんの作品をいくつも読んできた愛読者で、作風がとても好きなのだそう。いつもは平野さんが本を選ぶエンジョイブックスですが、今回は山本さんからの逆リクエストという形で紹介することになりました。
佐藤正午さんは1955年、長崎県生まれ。1983年に『永遠の1/2』ですばる文学賞を受賞してデビューし、2015年に『鳩の撃退法』で山田風太郎賞、2017年に『月の満ち欠け』で直木賞を受賞しています。すでに70歳を迎える作家ですが、平野さんいわく、その筆致は「熟した文章」。さすが、と唸らされる一冊とのことでした。
そもそも本屋大賞とは?書店員が選ぶ、読み手に近い賞
本屋大賞とは、全国の書店員が「読者に届けたい」と思う本を選ぶ賞です。
平野さんによると、本が売れない時代と言われて久しく、出版市場は書籍も雑誌も年々縮小しているのが現状です。そうしたなかで、商品である本と、顧客である読者を最もよく知る立場にいる書店員が、自分たちの手で売っていく本を選び、業界を現場から盛り上げていこう。そんな意気込みから設立されたのが本屋大賞なのだそうです。
新刊を扱う書店の書店員による投票で決まるため、プロの作家や評論家が選ぶ賞とはまた違った、より読み手に近い視点の賞と言えます。

『熟柿』のあらすじ。轢き逃げの罪を背負った母親の17年
物語の主人公は、かおりという女性です。
激しい雨の降る夜、眠る夫を乗せた車を運転していたかおりは、一人の老婆を撥ねる轢き逃げ事故を起こしてしまいます。妊娠中だった彼女は服役することになり、その服役中に息子・拓を出産します。しかし出所後、息子のために離婚を余儀なくされてしまいます。
それでも息子に会いたいという思いを抑えきれず、かおりは園児連れ去り事件を起こしてしまい、かえって息子との接見を禁じられることになります。自らの罪を隠しながら、追われるように西へ西へと各地を流れていくかおり。せめて息子のためにと無心で働き続けるその姿に、彼女の息子への思いがにじみます。
一生懸命に生きているのに、過去の罪が彼女を追い詰めていく。そして物語が進むにつれ、過去にまつわる秘密が少しずつ明かされていきます。第1章から第12章まで、17年の月日が丁寧に紡がれていきます。
タイトル「熟柿」の意味は?自然に時を待つという生き方
「熟柿」と書いて「じゅくし」と読みます。
これは、熟した柿の実が自然に落ちるのを待つように、気長に時期が来るのを待つという意味の言葉です。物事にはそれに適した時期があり、自然に身を任せることで、より良い結果が得られる。そうした考え方は「熟柿主義」とも呼ばれるのだと、番組のなかで紹介されました。
山本さんも平野さんも、この言葉を今回初めて知ったそうです。似た意味の言葉に「果報は寝て待て」がありますが、「熟柿」もまた、待つことの大切さを教えてくれる言葉だと二人は語り合いました。
この作品のどこがすごいのか。静かなのに、心をえぐる文章
山本さんが特に惹かれるのは、佐藤正午さんの距離感の取り方です。
物語が激しく動くシーンでは、あえて少し引いた目線で描く。かと思えば、そうでない場面では主人公にぐっと寄っていく。まるでカメラのピントの合わせ方のように、距離の詰め方が巧みなのだといいます。
作品全体を通して、文章はとても静かです。大きな山場はあるのに、物語はさらりと流れていく。それでいて、その中にじわりと良さが染み出してくる。淡々とかおりの人生を追っているので、どこかで飽きそうにも思えるのですが、飽きそうなタイミングでぐっとフォーカスする出来事が起こる。美しい文章なのに心をえぐられる、確かな読み応えのある一冊です。
最終章は、一人でゆっくり読んでほしい
山本さんからのおすすめの読み方があります。
全12章のうち、最後の第12章だけは、静かな部屋で一人、ゆっくり時間をかけて読んでほしいとのこと。そこまでは普段どおりのペースで構わないけれど、最終章だけはじっくりと。読み終えたあとの余韻がまったく違ってくる、という山本さんの思いです。
読み終わった後、思わず「はあ」とため息が出て、しばらく放心してしまう。そんな読後感を、ぜひ味わってほしい一冊です。
「待つこと」で見えてくるもの。平野さんが本に重ねた思い
平野さんは、この作品を自身の人生に重ねて読んだといいます。
若い頃には、妊娠や出産にまつわる話題に触れると胸がざわつくような時期もあったそうです。けれど、この年齢になって、少しずつ気持ちが変わってきた。今は兄弟の子どもたちが、ただただ愛おしく思えるのだと語ってくれました。
自然に身を任せて、一生懸命に人生を歩んでいれば、腐らずに生きていける。20歳の頃と今とでは、同じ物事でも捉え方が変わる。時間が経たないと変わらないことがある。だからこそ「待つ」ことは大切なのだと、平野さんは『熟柿』を通して改めて感じたそうです。
情報の流れが速く、ファスト消費やファスト読書がトレンドと言われる時代だからこそ、ゆっくり時間をかけることの意味を、この一冊は静かに問いかけてきます。

こんな人におすすめ
罪と償い、そして母と子をめぐる物語を、静かな筆致でじっくり味わいたい方におすすめの一冊です。派手な展開ではなく、丁寧に紡がれた文章と、読後に長く残る余韻を求める方にこそ響く作品だと思います。
そして、日々のニュースに「少し急ぎすぎでは」と感じることがある方にも。かおりの人生を少し引いた目線で追いながら、待つこと、待って変わること、待つことで見えてくるものを感じられる、そんな読書体験ができるはずです。
書籍情報
書名:熟柿(じゅくし) 著者:佐藤正午 出版社:KADOKAWA 発売日:2025年3月27日 定価:2,035円(本体1,850円+税) ページ数:368頁 ISBN:978-4-04-114659-0 受賞:2026年本屋大賞2位/第20回中央公論文芸賞
この本のご購入・お取り寄せは、真清田神社そばの老舗書店・文正堂書店へ。
文正堂書店
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文正堂書店・平野さんより
静かな筆致で綴られる、母と子の17年。読み終わったあと、必ず誰かと話したくなる一冊です。