NPO法人ToriCote 代表理事・袴田美帆さんインタビュー|生きていく上でのヒントを探る
「自分のルーツがしっかりしているからこそ、外国人として受け入れてもらえる。それに気づいたんです」
愛知県一宮市を拠点に、芸術文化振興・親子サポート・国際交流の3つの柱で活動するNPO法人ToriCote。代表理事の袴田美帆さんは、パリ国立高等音楽院を修了したサクソフォン奏者です。8年間のフランス生活を経て故郷に戻り、2025年にNPO法人を設立しました。今回は、サルーテの理念であるウェルネス・ウェルビーイングの観点から、音楽と地域、そして人がつながることについてお話を伺いました。

「編む」という名前に込めた願い
ToriCoteという少し不思議な響きの名前には、二つの意味が重なっています。
「ToriCoteはフランス語の『編む』という意味のtricoter(トリコテ)という言葉から来ています。私自身が8年間フランスに住んでいたことと、一宮が繊維の街であること。いろんな文化が編むようにつながっていけたらいいな、という思いで名付けました」
フランス語の響きと、糸のまち一宮。二つのルーツが一本の糸のように編み合わされた名前です。
3つの柱は、ひとつの思いから伸びている
芸術文化振興・親子サポート・国際交流——一見するとバラバラに見える3つの活動ですが、袴田さんの中では明確につながっています。
「私たちは音楽イベントをやることが多いんですが、それが親子で一緒に楽しめて、なおかつ国籍関係なく、一宮に住んでいる外国人の親子たちにも一緒に楽しんでもらえる。芸術文化を広めたいという思いから、どうやっていろんな人にシェアしていくかと考えた時に、『親子も楽しめたらいいよね』『国籍関係なく届けられたらいいよね』となっていった。それがこの3つの柱なんです」
音楽を軸に、届ける相手を広げていったら3つになった。順番が逆ではなく、根っこはひとつだという話です。
パリで学んだのは、音楽よりも大切なこと

フランスでの8年間。袴田さんが暮らしていたのは、移民が多く住むエリアでした。
「道を1本挟むと雰囲気がガラッと変わるようなところに住んでいて。ここはアラブなのかアフリカなのかフランスなのか、という感じでした。クラスメイトも留学生もいれば、アジア系のフランス人、アフリカ系フランス人もいて」
その環境で身についたことを、袴田さんはこう振り返ります。
「いろんな文化を偏見なくそのまま受け入れながら、その中で人のいいところを見つける。8年間で学んだ中では、音楽の勉強よりもそっちが一番印象的でした」
もうひとつ、日本との大きな違いを感じたのが、芸術との距離感でした。
「小さい時からルーブル美術館に遠足で行くとか、そういうことがあるんです。芸術を日常の一部にしているというのは、全然違うなと思いました」
「本当の仕事は何なの?」——帰国後に感じた寂しさ

2023年、約8年間のフランス生活を経て帰国した袴田さんを待っていたのは、ある種の戸惑いでした。
「音楽の活動をしているんですとお話しすると、『本当の仕事は何なの』と言われるんですよ」
日本では音楽イコール趣味、アマチュアが楽しんでやるもの——そんなイメージが根強くあることに、袴田さんは寂しさを覚えます。
「色々話していても、結局『あなたの職業は?』に戻ってくるんですよね」
この感覚のギャップが、後にNPO法人を立ち上げる動機のひとつになっていきます。
社会との接点を、継続的につなぐために
演奏家として活動するだけでなく、なぜ法人という形を選んだのか。袴田さんの答えは明快でした。
「フリーランスで単発のコンサートをやっているだけだと、なかなか社会との接点がないんですね。芸術は人を楽しませることもできるし、子供たちが触れることで、プロにならなくても頭のいい子が育ったり、優しい子が育ったりというメリットも絶対にある。そういう社会との接点を継続的につないでいくために、法人にしようと思いました」
音楽を届ける相手を、聴きに来てくれる人だけに限定しない。社会の中に居場所をつくることで、活動そのものを持続可能にしていく——その発想が、ToriCoteという組織の形になりました。
ルーツがあるから、世界で受け入れられる

ToriCoteの活動で特徴的なのが、一宮の機屋さんとコラボレーションして演奏するなど、地域の文化と組み合わせた取り組みです。そこには、留学生活で得た確かな実感がありました。
「世界を舞台に活動していると、絶対に自分のルーツが大事になるんです。自分のルーツがしっかりしているからこそ、外国人として受け入れてもらえる」
ところが留学当初の袴田さんは、一宮のことをあまり知りませんでした。
「これじゃいかんと思って。フランスにいるからこそ、自分の故郷を大事にしようと思いました。私の祖父母が機屋の織物工場をやっていたので、そのルーツもあって、今はそこでレッスンをしたりしています」
ヨーロッパの友人たちが自分の街の文化を誇らしく語る姿を見て、「自分は何も知らないじゃないか」と気づいたのだと言います。
「自分の文化を知らないって、結構恥ずかしいことだなと思ったんです。一宮にせっかく住んでいるなら、それを説得力のある表現につなげられたら。もしどこか他の国に行ったとしても、自分たちのアイデンティティを保って元気にできるよね、という感じで」
「一宮を出たことがない自分を、誇りに思っていい」

海外のアーティストを一宮に招いてコンサートを開催する活動もしています。一番嬉しかった反応を尋ねると、袴田さんはあるアンケートの言葉を挙げました。
「コンサートの後にいつもアンケートを取っているんですが、その中で『今まで私は一宮を一歩も出たことがなくて恥ずかしいと思っていたけど、それを誇りに思っていいんだ』というコメントをもらったことですね」
世界とつながることは、どこか遠くへ行くことだけを意味しない。自分がいる場所の価値に気づくこともまた、世界とつながることなのだと教えてくれるエピソードです。
活動のやりがいについても、袴田さんはこう語ります。
「毎回のイベントで『次も楽しみにしています』と声をかけてもらえることが一番嬉しいですね。あとは、自分があまり世界と関わる機会がなかったから、子供にはそうしてほしいという方たちが来てくださるのも嬉しいです」
「きっかけづくりというのが、一番私たちがやりたいことなのかもしれません」
立ちはだかる、芸術とお金の壁
一方で、大変なこともあります。
「芸術って、お金をどう回していくかが本当に難しくて。いいものを広めたいと思っても、お客さんからお金を取ることが難しいんです。有名人やJ-POPアーティストのように、楽しむためだけじゃない、感性を育てるというところは、なかなか対価をいただきにくい。だから助成金や補助金を探してくるところが大変です」
もうひとつが、行政や学校との連携における難しさです。
「市や県、学校と連携できればたくさんの子供たちに届けられるんですが、担当が変わると、積み上げてきたものがゼロに戻るみたいなことがあって」
それでも袴田さんが見据えているのは、続けられる仕組みをつくることです。
「これからは一宮の文化、繊維とかそういうものと音楽をもっと広めていきたい。ボランティア性の強いものだけじゃなくて、継続して続けられる仕組みをNPOでつくっていけたらなと思っています」
音楽は、心にも体にも効く
サルーテのテーマである「健やかに生きること」について、音楽の力をどう感じているかを尋ねました。
「音楽ってジャンルを問わず、毎日私たちの耳に入ってくるものだと思うので、自分にとっていい音楽とは何かを探しながら、いろんな音に触れていく。子供から大人までリラックスもできれば、やる気にもなる。そういう力が音楽にはあると思っています」
そして、少し笑いながらこんな話も。
「アーティストでよく言われるんですが、風邪をひいていても楽器を吹いている時は治るとか。お腹が痛いと思っても、楽器を吹いたら治るとか。私もあるので」
「どんな音楽であれ、みんな楽しんでほしいなとは思います」
泣いても、喋っても、途中で出てもいい
コンサートに興味はあるけれど、一歩が踏み出せない——そんな人へのメッセージをお願いしました。
「ホールに行く機会はなかなかないと思うんですが、ステージに立っている人たちも、みんなと一緒に楽しみたい一心なんです。ドレスコードもないですし、私たちのコンサートは子供向けのことが多いので、喋っても、泣いても、途中で出てもオッケーです」
「お母さん、お父さんも子供と一緒に楽しめる。気軽な気持ちで来ていただいて、楽しんでいただければと思います」

ウェルビーイングな生き方のヒント
袴田さんとの対話から見えてきたのは、自分の居場所と世界のつながり方についての、しなやかな考え方でした。
- 自分のルーツを知ること:足元を知っているからこそ、どこへ行っても自分でいられる。
- 偏見なく受け入れ、いいところを見つける:違いを前にした時、まず相手の良さを探す目を持つ。
- 芸術を日常の一部にする:特別なものとしてではなく、毎日の中に音や色があることの豊かさ。
- きっかけをつくる側に回る:出会いがなければ始まらない。その最初の一歩を誰かのために用意する。
- 続けられる形を考える:情熱だけでなく、仕組みがあるから活動は長く生き続ける。
遠くフランスで学んだことが、故郷・一宮での活動につながっている。袴田さんの歩みは、自分のいる場所を大切にしながら世界とつながっていくための、確かなヒントに満ちています。
袴田美帆(はかまだ・みほ)|サクソフォン奏者/NPO法人ToriCote 代表理事
神戸大学国際文化学部でアートマネジメントを学んだのちフランスへ渡り、パリ国立高等音楽院サクソフォン科、室内楽科、即興学科を修了。第7回アドルフ・サックス国際コンクール・ファイナリスト。文化庁新進芸術家海外研修員として研鑽を積み、新日本フィルハーモニーと共演するなど国内外で演奏活動を行う。2023年、約8年間のフランス生活を経て帰国。2024年よりリサイタルシリーズ「サクソフォンで織りなす、パリと一宮」を開催。2025年にNPO法人ToriCoteを設立し、代表理事として一宮を拠点に活動の幅を広げている。
団体情報
NPO法人ToriCote
- 活動内容:芸術文化振興/親子サポート/国際交流
- 公式サイト:https://toricote.org/
- Instagram:@toricote_npo
イベント情報
繋がるファミリーコンサート 第2回
- 日程:2027年2月21日
- 会場:オリナス一宮
- 内容:アジアの国々の音楽をテーマに、サクソフォン・ピアノ・ドラム・歌のナビゲーターという編成で開催。音楽に合わせて手を動かしたり、0歳・2歳のお子さんも膝の上で体を動かして楽しめる参加型のコンサートです。

